このコンテンツは、事実をもとに再構成された
フィクションです。


2003年4月13日。
みちのくの小京都、岩手県盛岡市。
普段は世間の人々から何の注目もされない、この平和な地方都市に、
激震が走った。

おそらく世界初、覆面レスラーの県議会議員が誕生したのである。

その名は、

ザ・グレート・サスケ

人は彼を
「岩手の生んだ最後の英雄」
と呼ぶ。

題名:
クサる気もないジャングルに


サスケの県議選立候補は、地元岩手では初めから話題を呼んでいた。
覆面レスラーの立候補。
はたして受け付けてもらえるものか?

しかし、世間一般の論評を裏切って、
岩手県の選挙管理委員会はサスケの立候補を受理した。

立候補者名はリングネームそのままの
「ザ・グレート・サスケ」

選挙ポスターも覆面。

選挙活動も背広に覆面姿

まさしく、異色候補の誕生であった。


「当選したら、県議会にこのマスク姿のまま出ます。」
サスケは当初からそう話していた。

そしてそれが公約となった。

投票日の前日、サスケに思わぬアクシデントが襲った。
選挙活動に熱が入るあまり、左足をくじいてしまったのだ。

しかし、それに負けるサスケでは無かった。
彼は痛む左足を引きずりながら、最後のお願いに盛岡市内をかけずり回った。

サスケの応援者(ファン)達も知っていた。
サスケはその程度のケガに負ける男ではないことを。
これまで彼は、もっとひどい身体の状態で何度もリングに上がってきたのだ。
ここからが、本当のサスケの姿であった。


そして、ゴングは鳴った。


4月13日。

得票数1万6千票。
蓋を開ければ、圧勝であった。

サスケは岩手県議に見事トップ当選を果たした。

みちのくプロレス道場横に設けられた特設リング上で、
サスケとその支持者達は歓喜の雄叫びをあげた。

詰め掛けた取材陣のインタビューに応えたサスケは、開口一番、

「マスク姿こそ自分。外すつもりはない。」

と宣言。

当然のことと、周囲は納得した。


ところが、思わぬ所から横やりが入った。

統一地方選の興奮が一段落した4月15日。
同じ13日の選挙で再選を果たした増田岩手県知事は、
記者団の質問に対して次のように語った。

「本人の見識だが、プロレスの片手間に政治活動をするならともかく、
政治家として本気で改革を行おうと思うなら覆面を外すべきだ」

「政治家にとって顔は大事。喜びや苦悩、口先だけの人なのかどうか、
県民や国民が読み取れないのはおかしい」

ここから、世間の耳目が岩手に集まった。
それまでの統一地方選の話題は、300万票という記録的得票数で再選した
石原都知事が中心であった。
それを、1万6千票のサスケが上回ってしまった。


当のサスケは困惑した。
選挙期間中、応援してくれた増田知事からの突然の批判。
「裏切られた。」
そんな想いがサスケの心の中に広がった。

思えば、サスケの人生は成功と挫折の繰り返しであった。
日本初の地方に本拠を置くプロレス団体
「みちのくプロレス」
を、故郷岩手の地で旗揚げしたまでは良かった。

しかし、その後、サスケ自身のケガと団体の経営難で状況は悪化。
旗揚げに賛同してくれた多くのレスラーがサスケのもとを去った。

時には、外国から招致したレスラーが、麻薬所持で逮捕されたこともあった。

それでもサスケは諦めなかった。
ケガを克服し、見事リングにカムバック。
新しいレスラーを迎え、団体の経営も持ち直した。

試合の最後に、サスケが必ず言う言葉がある。
「応援してくれるファンが一人でもいるかぎり、俺は戦い続ける。」

これが、サスケの「岩手の生んだ最後の英雄」と呼ばれる所以であった。


そんなサスケは、増田知事の批判に対して次のように反論した。

「反対されても脱ぐつもりは全くない。
マスクイコール自分の顔。
有権者にはマスクを着けたサスケに投票していただいた。
マスクを脱いだならば公約違反になる」

「この10年間、冠婚葬祭や公式の場でもずっと通してきた。
県のイメージキャラクターもこの顔で務めてきた。
プロレスラーとしても、人間サスケとしてもこの顔は変わらない」

その言葉にウソが無いことをファンの人間ならばみんな知っていた。

なぜならば、
彼は風俗店にもマスク姿のまま行っていた、
って言うか、行ってる
からだ。


4月16日。
自民党県議連が
「マスク反対」
の意見をサスケに突きつけた。

サスケを推薦した自由党に対する政治的意図が見え見えの行動であった。

「マスク」と言う自分のアイデンティティーに関する問題が、
いつの間にか政治闘争の道具に使われ始めたことに、サスケは怒りを感じた。

「このままではいけない。」



覆面問題がどんどん深刻化する中、サスケの事務所をある男が訪れた。
北国盛岡と言えども、桜が咲こうかというこの季節、
その男はけっしてスマートとは言えない身体に、黒い革ジャンをまとっていた。

「サスケさん。プロレスラーなんだから、プロレスで決着をつけるってのは、どうです?」

男は、半分にやけた顔を隠そうともせず、サスケにそう切りだした。


サスケにとって最も意外だったのは、増田知事がそれを受けたことであった。
「あの人も、男という事か。」
サスケは、痛んだ左足を見つめながら、
自分の中に闘志が燃え上がってくるのをはっきりと感じていた。


4月28日。
東北の遅い桜前線がちょうど盛岡に達し、
盛岡市内丸の石割桜も満開の花をほころばせ始めた、その日。

いにしえの時代より、みちのく盛岡の移り変わりを見つめ続けてきた石割桜にとっても、
おそらく、これを見るのも最初で最後であろう奇怪な施設が、
隣接する岩手県庁駐車場に形作られようとしていた。

サスケと増田知事が雌雄を決する特設リングである。


午後6時、
盛岡市役所が流す時報のメロディが、
この日ばかりは、人々の歓声にかき消された。

さんさ踊りの人出を軽く上回る大群衆が、
この世紀の対決を一目見ようと、
県庁前に集結していた。

その数約3万人(みちプロ調べ)。

増田知事側が拒否したため、テーマソングをかけての入場や、リングコールは無し。
両者、無言のままの入場行進であった。

しかし、県庁前特設リングに集まった人々の歓声が、
行進する2人を包み込み、
その異様な盛り上がりが、薄暗い盛岡の空を赤く焦がした。

リングの上に仁王立ちするサスケと増田知事。

増田知事はリングの上でも背広姿だ。
元々体格の良い増田知事であったが、リングの上に立つと、
サスケより一回り大きく見え、意外と画になる。

ついに、世紀の対戦。知事生命と議員生命を賭けた
「覆面はぎデスマッチ」
の火蓋が切って落とされた。

展開は、予想通り一方的なものとなった。
体格が良くてもやはり素人。
サスケの容赦のない攻撃に、さすがの増田知事もギブアップ寸前にまで追いつめられる。

ここで一つ語っておかなければならない事実がある。
サスケに一方的に攻め立てられる格好となった増田知事であるが、
彼は最後までサスケの痛めた左足を攻撃しようとはしなかった。
サスケもそれに気が付いていたはずである。
その証拠にサスケは後に次のように語っている。
「あのときの増田知事は、心の腕で俺をたたいていました。」


そんな増田知事ではあるが、その劣勢は明らかであった。
勝敗の行方は確定的であり、
あとは時間だけの問題と思えた。

その時であった。

リングサイドから、突然、一人の男がリングの上へと駆け上がった。
ごつい身体に、ボロボロのノースリーブシャツといった出で立ちのその男は、
真っ直ぐにサスケの元へ突進すると、
喉元に強烈なラリアットをたたき込んだ。

その一発でグロッキーになるサスケ。

男は、そのまま増田知事に駆け寄り、肩を貸して助け興す。
その姿は、スポットライトによって盛岡の闇の中に明々と照らし出された。
この段になって、観衆はやっとその男の正体を知り、歓喜の雄叫びをあげた。

サスケを付け狙う最強の刺客
ディック東郷

しかし、二度に渡ってみちプロと袂を分けたはずのこの男が、なぜこの場にいるのか、
それは、この試合の関係者さえも全く判らなかった。

ディックの乱入により、試合は収集のつかない状態となった。
彼に触発されたのか、
リングサイドに控えていた数多くのレスラー達が、
我先にとリングの上へ乱入し、
サスケ派、知事派に分かれて乱闘を始めてしまったのだ。

その混乱状態は、永遠に続くかに思われた。

しかし、いつの間にか正気に戻ったサスケが乱闘に参入したことで、
形勢はしだいにサスケ派の方に傾きだした。
得意の空中技で次々と反対派のレスラー達をリングに沈めていくサスケ。

観衆の熱気も頂点に達した。

最後に残ったディックをリングサイドにたたき落としたサスケは、
一人マイクを握りしめた。

「みんな、この様な事になってすまない。
応援してくれるみんなのため、俺はここまで戦ってきた。
しかし、自分の主張を貫き通すため、馴れないリングに上がり、
正々堂々と戦ってくれた増田知事の男気に俺は答えなければいけない。
公約違反になるかもしれないが、俺はマスクを脱ぐ。」

どよめく観衆。どこからか「サスケッ」のかけ声が。

自ら自分のマスクに手をかけようとするサスケ。
しかしその時、傍らから大きな手が伸び、それを遮った。

「サスケ君、もういいんだ。」
サスケの手を遮ったのは、なんと、増田知事本人であった。

「県民のみなさんが、どれだけサスケ君に期待しているか、
今日のこの一件でよくわかった。
このリングでの勝負は私の負けだ。
もう何も言わない。
マスクをつけて県議会の議場に上がりたまえ。」

「ま、増田知事っ。」

「これからは、県議会という名のリングで正々堂々戦おうじゃないか。
もちろん、次は負けないよ。」

「増田知事、ありがとうございます。
みんな、聞いてくれたか、増田知事は判ってくれたぞ。
これも、応援してくれたみんなのおかげだ。
増田知事、これからは二人で岩手県のため戦いましょう!
みんな、俺と増田知事を応援してくれ!
応援してくれるみんながいるかぎり、俺は最後の一人になっても戦い続ける!」

高々と両手を掲げるサスケと増田知事。
興奮した観衆からは、サスケコールと増田コールが交互にわき上がる。

その夜、盛岡市内丸の県庁前は、
いつまでも人々の歓声とゴングの音が鳴りやむことは無かった。

どんとはれ。




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